朝焼けの中、樅沢岳を越えて槍ヶ岳を目指す登山者
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8月13日 山中4日目最終日午前1時半 一人テントを抜け出して小屋の前の広場へ向かう。
ずっと担いできた三脚を使ってしばし夜の撮影タイム。
昼間あれだけ賑わっていた場所もさすがにこの時間は静かだ。
星というか、今日は月がでていて明るいのでむしろ雲を眺めながらゆっくりと煙草をくゆらす。
上着を着る必要はあったが適度に風も吹いて特に寒さは感じない
何かと気忙しかった今回の山行の中でこの時だけはとても寛げた気がした。
ベールのような雲が綺麗だ。あの奥に見える山はなんだろう?
樅沢岳方面、ヘッドランプの灯りが見える、あそこまで行けば槍も写せるかもしれない。
でも今日はやめておく。
午前6時 今日はK太の寝袋引出し作戦に手間取り、少し遅めの出発となる
奥に見えているのは笠ヶ岳かな
双六よ、鷲羽?よさらば、またいつか。
早朝から物資運搬のヘリが爆音と共に小屋と下界を頻繁に往復している
鏡平の小屋までは今日も槍を見ながら歩ける幸せ。
で、その小屋に立ち寄った者は全員がカキ氷を食べる事になってる模様。私一人凍っていない麦の泡泡ジュースをいただいた。時刻は8時、こんなに早い時間にアルコールを飲んだことなんて人生初かも、まああとは下りのみ、あと3時間もあれば十分着くだろう。
てな感じで油断したのが大間違い。途中のわさび平小屋での写真を撮るのも忘れ
なんとか下山したのが午後1時前。いやいや4日間よく歩きました。K太君も大変ご苦労様でした。
(完)
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エピローグ
この後、出来ればバスに乗り込む前に、温泉で4日間の汗を流し綺麗な身体になった上で、新穂高温泉グルメなどを味わいたいと思っていたのだが、1時40分発の松本行き直行バス(最終便)に確実に乗り込むため、始発の新穂高ロープウェイ駅までもう少し歩いた。
松本には4時頃の到着だったと思うが、その時間でも気温32℃、今朝のキャンプ場は10℃を切っていたのでものすごく暑く感じた。駅では先ず予約していたチケットを受け取り、600円の大型ロッカーに2人分のザックを詰め込んで800m先の銭湯、菊ノ湯さんへ向かう。腕と首筋が真っ黒に日焼けしていたのでかなり沁みるだろうと覚悟していたが、ここのお湯は何故か全く刺激の無い柔らかいお湯でその点特筆に値する。僕ら同様下山したばかりの登山者が三三五五訪れていた。
駅に戻って5時20分、長野行きしなの19号は18時5分発、ゆっくりは出来ないので駅並びのそば処小木曽製粉所へ。ここで二人してザル各1枚、はっきり言って旨い。山形の朝日連邦下山後の五百川温泉とは蕎麦の質が全く異なるが、なんと喉越し爽やか且つ香りが鼻から抜けるタイプ。しかも立ち食いで時間のない旅行者にうってつけの一品である。
駅のホーム、偶然にも三俣の分岐から抜きつ抜かれつしてほぼ一緒に歩いた父娘のお二人の、お父さんとバッタリお会いする。僕らは長野方面だが反対側は東京行きの列車が来る。お話の内容からお父さんは70代、K太によく声を掛けてくれた娘さんは40代、いや30代かな?長い山道追いついては追い越され、んでまた追いついて・・・大変励みになりました。元登山部だと言うお父さんはあのきつかった雲ノ平への急登で多分僕らを追い抜いている。山の中ではややぶっきらぼうな方なのかなと思っていましたが、ホームでお会いした際には色々お話いただいて大変嬉しく、楽しく帰路に就くことができました。娘さん共々たいへんありがとうございました。またどこかの山でお会いできるような気がします。その節にはどうぞよろしくお願いいたします。
しなの19号は長野着18時58分の予定が3分遅れる。長野発あさま628号は19時8分発 乗り継ぎ時間7分しかない。あさま628号大宮着20時26分 こまち35号20時40分発 盛岡着22時27分。なんとか予定通り盛岡に帰る事ができた。お土産買う時間もなかったし、疲れて眠り込んで乗り越しでもしてしまわないか心配で、むしろあっという間に到着した気がする。お腹が空いた。駅前のマルトラーメンを二人ですすり、11時過ぎ無事帰宅した。
「かあちゃん、K太だよ~」